不登校経験談

【経験談】私が不登校になったきっかけ、理由、乗り越えた方法

こんにちは。不登校カウンセラーのタカジンです。

私は長年、不登校のご家庭を支援していますが、自分自身も不登校の経験があります。

当時はすごくつらかったですが、その経験がいま不登校のご家庭を支援する上でとても力になっています。

今日は、不登校のお子さんや親御さんの何かの役に立てればと思い、私の経験を伝えたいと思います。

ABOUT ME
タカジン
自分自身も不登校になった経験を活かし、300以上の不登校生の家庭を支援してきた不登校カウンセラー。不登校生の保護者の相談サービス『ぴあぽーと』を運営。

私が不登校になったきっかけ

私が不登校になったのは、中学1年生の2学期です。

夏休みの後半に部活を休むようになり、そのまま夏休みが明けても学校に行くことができませんでした。

元々身体が弱く、小学生の頃から休みがちな子供でした。

しかし、中学で入部した部活が厳しく、中学に入ってからはなかなか休むことはできませんでした。

しばらくの間は、厳しいながらもなんとか踏ん張っていました。

でも、夏休みのある日突然、「しんどい。休みたい。」というとてつもなく強い思いが湧き上がってきました。

それからは、部活の時間になると身体が動かなくなり、夏休みの最後まで部活にいけませんでした。

私が通っていた学校は全生徒が部活に入らなければいけなかったため、「学校に行くこと=部活にいくこと」でした。

部活に行けない私は、自動的に学校にいけなくなってしまいました。

今振り返ると部活をやめるという選択肢もあったのですが、まわりに部活を辞める人などおらず、辞める選択肢が考えられませんでした。

学校に行かない日々

そこからまったく学校に行かない時期が数ヶ月ありました。

カラダ自体はしばらく休むことで学校に通えるくらい回復していました。

ただ、学校を休んでいた時期が数ヶ月に及んでいたため、周囲の目が気になり、学校に戻りにくくなりました。

回復してからも、結果的にテスト期間だけ登校したり、たまに調子がとても良い時に登校するという状況が、中2の終わりまで続きました。

学校に行きたい、でも行けない

不登校がはじまった当初、両親は私をなんとか学校に行かせようとしました。

親としてごく自然な対応であったと思います。

子供が「普通」から外れることに対して両親も不安があったのだと思います。

しかし、当時の私にはとても辛いことでもありました。

もちろん、自分でも学校に行かなければならないとわかっていました。

でも、どうしても行けなかったのです。

不登校が始まってしばらくの間は家にいるのもつらいものでした。

「学校に行かなければいけない。でも、学校にいけない」

その繰り返しで、「なぜ他の人が普通にできることが自分にはできないんだろう・・・」自分を否定する毎日でした。

自分を受け入れてくれた両親

しかし、しばらく経つと少し状況が変わってきました。

それは両親が「◯◯ができないこと」を叱るのではなく、「◯◯ができること」を認めてくれるようになったからです。

それ以降は、私にとって家や家族がとても安心できる場所になりました。

確かに他の子とは同じように学校に通うことはできません。しかし、私ができることも確かにあったのです。

両親は、私が学外の活動に取り組むことにも非常に協力的でした。

普通ならば「学校に行ってないのに、好きなことをするなんてもってのほかだ!」という風に考えるでしょう。

場合によっては、まわりの親から非難されるかもしれません。

しかし、両親はまず私が楽しく過ごすこと、熱中することを持つことを大事にしてくれていました。

そして、学外の活動が不登校を脱する大きな一歩となりました。

不登校になって以降、担任の先生が家庭訪問してくださったり、スクールカウンセラーや病院のカウンセラーの方と話す機会はありました。

もちろん、それらの支援も人と話す良い機会ではあったのですが、私が不登校を脱するきっかけになったのはまったく別のことでした。

囲碁との出会い

不登校,克服

私が当時出会った学外の活動は囲碁でした。

「中学生が囲碁!?」と不思議に思われるかもしれませんが、当時囲碁を題材にした「ヒカルの碁」という漫画がブームだったのです。

私は当時ブームだったこと、またネットを通じて遊べることをキッカケに、囲碁をはじめました。

学校へ行ってないことにより、元々好きだったスポーツができなかったこともあり、私は囲碁に夢中になりました。

人と交流することの大切さ

しばらくは一人でネットを通じて囲碁をやっていたのですが、ある時から囲碁教室に通いはじめるようになりました。

囲碁教室では同世代、年下、年上など色んな人がいました。

不登校になると家にこもりがちになり、人との関わりあいがなくなってしまいがちですが、私は囲碁を通して、外に出て人と関わるきっかけを得ました。

「不登校」というラベル抜きで認められる経験

囲碁という学外の活動をしていた中で最も大きかったのは「不登校」というラベル抜きで認められる経験をしたことです。

それまでは学校のことに関して良い成績を収めていても、

「◯◯できるのはすごいけど、でも学校にまず毎日いけるようにならないと」

「◯◯はできるのに、学校にはいけないんだね・・・」

など、どんなにがんばっていても、学校に行っていない限り認められるということがありませんでした。

しかし、学外の活動である囲碁ではそんなことは関係ありませんでした。

純粋に囲碁の実力だけで見てくれて、そこでの努力や姿勢を認めてくれました。

それまで「不登校」であるがゆえに、否定のまなざしで見られることが多かった私にとって、その経験は自信をつけ、新たな一歩を踏み出す上で必要不可欠でした。

不登校は来るべき時に備えるのが大切

そして私は、中3になってから学校に行きはじめるようになりました。

中3になって学校に行き始めたのは、クラスが新たに始まるタイミングだと復帰しやすいように感じたからでした。

ほかにも、友人が声をかけてくれたり、行事だったり、年明けのタイミングだったり、学校に行き始めようか迷ったタイミングは何度かありました。

その中でうまくいったのが、私の場合は中3のスタートでした。

不登校を脱出するタイミングは何度も訪れます。

重要なのは、そのタイミングが来たときに一歩踏み出せる状態を作っておくことだと思います。

例えば、

  • 勉強は遅れないようにしておく
  • 生活リズムは乱れないようにしておく
  • 人との交流の機会を保っておく
  • 家や学外で自信をつけておく

といったことを積み重ね、「来るべき時」に備えることが次につながります。

今すぐ不登校を脱するのは難しいかもしれません。

しかし、いまのうちから自分ができる準備をしていくことは必要です。</p>

焦らず、自分にできることをひとつひとつ積み重ねていく。

それが不登校を脱するために必要なことではないかと思います。

不登校を乗り越えて得た強さ

その後は、普通に学校に通えるようになり、部活や学校行事にも積極的に参加し、第一志望であった高校にも合格することができました。

ただ、高校では、元々不登校の主な原因となった睡眠障害が治っておらず、次第に学校に通い続けるのが難しくなってきました。

高校では中学と違い、単位を獲得しなければいけないので、休みが多くなると留年になってしまいます。

留年が現実的になった頃に、私はある決断をしました。

それは高校を辞め、高卒認定試験を受験し、大学進学するという決断です。

高卒認定試験とは、文部科学省が実施する試験で、試験に合格した場合は高校卒業程度と同等の学力があると認定され、就職や進学の際に利用できます。

私の当時の夢は研究者になることでした。

その夢を考えた時に、自分の状況から何が一番良いのかと考えると、この道が一番良い選択だと感じたのです。

それまでは、「世間がどう思うか」「まわりがどう思うか」という基準で判断することが多く、中学で不登校になった時も「人と違う」ということでとても苦しかった記憶があります。

しかし、そういった周りの基準や「普通」と言われているものが、自分に合っているとは限りません。

自分にとって一番良い選択をしようと考えた時に、「あえて普通からはずれる」ことを選びました。

その後、高卒認定試験に合格し、無事大学に進学することができました。

私が進学した大学は、高校在学時はまさか自分がいけるとは思っていなかった国立大学でした。

それは睡眠障害で学校に通うだけで精一杯で勉強まで手をつけられなかったのが、高校を辞める決断をすることで自分のペースで勉強の時間を確保できたことに要因があると思っています。

また辞めてからは勉強だけをしていただけでなく、土日には高校の友人と遊んだり、自由になった時間を活用して、様々な経験をし、いろんな人に出会いました。

そして、当時の経験がもとで、研究者という道から教育者という道に進路を変更しました。

「不登校だからできない」はもったいない

大学に入ってからは、教育を学びながら、NPOで不登校や元・不登校の生徒と関わってきました。

卒業後は発達障害の子供をサポートする塾で働いていましたが、不登校支援への想いが強くなり、現在はぴあぽーとを立ち上げるに至りました。

不登校支援に関わる中で、

「不登校になると○○できない」

「不登校だからうちの子はダメ」

といったような意見をお聞きすることがあります。

確かに不登校になると、様々な機会が少なくなることは事実だと思います。

そこは経験者だからこそより感じる部分です。

しかし、だからといってすべてが終わりなわけではありません。

不登校でもできることはありますし、不登校だからこそできることもあります。

問題は不登校という現象自体にあるのではなく、「不登校だから◯◯できない」という思い込みにあるのではないでしょうか。

その思い込みにより、自ら可能性を閉ざしてしまうことが多いのではないかと思っています。

「不登校でも大丈夫!」ということを無責任に言うつもりはありません。

しかし、「不登校だから◯◯できない」と考えることは、せっかくの可能性を自分で潰してしまうことと同じです。

世間一般の「普通」の選択だけがすべてではありません。

自分にあった道を自分にあったやり方で進んでいければ、それは素晴らしいことです。

いま、不登校に悩んでいる子どもや親御さんが、私の話から何か感じるものがあればうれしいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

有料にはなってしまうのですが、何か困ったことがあったらぜひ、私のカウンセリングサービスをご利用ください。

不登校生の親向け
オンライン相談サービス

私は長年、不登校の家庭を支援していますが、自分自身も不登校の経験があります。

当時はすごくつらかったですが、その経験がいま不登校カウンセラーとしてとても力になり、これまで300名以上の不登校生を支援してきました。

不登校は子どもの成長のステップの一つであり、適切に対応すれば必ず次に進むことができます。

「どうすればいいか分からない」と悩んだ時は、ぜひお気軽にご相談ください。

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